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1 件中、 1 件目
「わたし」が死ぬということの哲学
貸出中
兼本 浩祐/著 -- 筑摩書房 -- 2026.4 -- 114.2
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所蔵館
所蔵場所
請求記号
資料番号
資料区分
帯出区分
状態
一般
一般資料室
114.2/2026/
00015162571
和書
帯出可
貸出中
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資料詳細
タイトル
「わたし」が死ぬということの哲学 ,
書名ヨミ
ワタシ ガ シヌ ト イウ コト ノ テツガク
叢書名
ちくまプリマー新書
著者
兼本 浩祐
/著
著者名ヨミ
カネモト,コウスケ
出版者
筑摩書房
出版年
2026.4
ページ数, 大きさ
255p, 18cm
NDC10版
114.2
一般件名
生と死
ISBN
978-4-480-68552-0
著者紹介
京都大学医学部卒業。すずかけクリニック医師。中部PNESリサーチセンター所長。愛知医科大学名誉教授。著書に「普通という異常」「脳を通って私が生まれるとき」など。
児童内容紹介
生物の体はどこまでが生きていてどこまでが死んでいるか。今、何を感じ、考え、認識しているかという経験としての意識が途切れることは「自分」が途切れることなのか。なぜ社会からハブられるだけで人は死ぬのか。今ここにいて物事を感じている「自分」とは何か。生物学、意識科学、哲学を横断し、根源的な問いに迫る。
内容紹介
いったい「死」とはどのような事態なのだろうか。今ここにいて物事を感じている「自分」とは何か。生物学、意識科学、哲学を横断し、根源的な問いに迫る。
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目次
はじめに
第一章 体が死ぬということ
1 生物の「死」の科学
細胞の死に方/体と同じように細胞は死ぬ運命にあるのか/有用な「能力」として進化の過程で獲得された「死」/不死化する細胞、寿命を規定する細胞/「死」というたがが外れると細胞は癌化する/樹木はなぜ、ときに桁外れに長寿なのか
2 体のあいまいな境界
ひとつの体が複数化する植物/複数の個体が融合する粘菌/木の身体の大部分は死んでいる
3 関係の連なりとしての体
多細胞生物の仕切りは細胞膜ではない/眼鏡や服は体の一部だろうか/共生する生き物同士は体の外か内か/「わたしと小鳥とすずと」とモナド論/働きかけによって因果関係が修正される存在/体の連続性は「関係」の連続性にある/巻き戻しがきかないほど乱雑になること/熱的死という終わりとその執行猶予としての体/散逸構造としての生命/刻々と再編される身体の境界
第二章 こころが死ぬということ
1 動物意識-起きていること
昏睡という状態/動物意識の解剖学/ばらばらに眠り始める脳
2 他動詞的意識-体験し、知覚する
意識を意識する「状態意識」/デカルトの「意識」は高階の思考か/意識があると外から観察して確かめるには/「意識」の歴史/表象とは「録画の再生」か「レシピをもとにした料理」か/注意したから感じるのか、感じたから注意が向くのか/クォリアとは何か/知覚直観をめぐるフッサールとハイデガーの論争/教師のいない学習モデルは可能か/個々の主観を橋渡しするコードとしての「言葉」/他動詞的意識に対応する脳の機能/意識を台風の目のようなものと考える/意識の原型とは何か
3 通時的意識-一続きの「自分」
体を取り換えた王子と靴磨きはどちらが「王子」なのか/機能が変わらないならそれは「同じ」なのか/脳をふたりに移植したらどうなるのか/意識が途切れるだけでは「自分」は途切れない
第三章 自分が死ぬということ
1 計ることのできる「快」と「死」
魂は存在しない/ばらばらの「私」を繫げる「形而上学的接着剤」/死の価値を値踏みするための幸せの総量/不死は死ぬほど退屈である/死ぬのはなぜ悪いことだと人は考えるのか
2 何が「私」を一続きにするのか
空間芋虫としての身体/時間芋虫としての人格/「私」を追い求めた20世紀/ベルクソンが考える「私」の連続性/柴崎友香さんの小説におけるばらばらの「私」/「ちゃんと」まとまること、小さな「大きな物語」
3 社会的死-ホモ・サケルであること
剝き出しの生/三種類の「私」の同一性/サルトルが考える「存在」/他者が「私」の連続性を担保する/「私」は「私たち」から生ずるのか/「われ」に先行するのは「われわれ」か「おおやけ」か/剝き出しの生は人間の根拠たりうるのか/物語と「私」であること/いじめは人をホモ・サケルにする
第四章 死への処方箋
1 尊厳療法と辞世の句
尊厳療法とはどのようなものか/「私」という物語のエンディングとしての辞世の句/死ぬ人が死を物語として語る
2 やってくるものと正岡子規
想像の外側からやってくる/森羅万象の細部に分け入る「写生」/「やってくるもの」と出会い続けること
3 平気で死ぬことと平気で生きること
すでにある状態でその目的が実現されている/きらきらと輝いて見える
おわりに
文献一覧
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