行田 稔彦/著 -- 新日本出版社 -- 2014.3 -- 219.906

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所蔵館 所蔵場所 請求記号 資料番号 資料区分 帯出区分 状態
児童 子ども室 219/2013/ 00013478060 児童和書 帯出可 在庫 iLisvirtual

資料詳細

タイトル わたしの沖縄戦 3,
書名ヨミ ワタシ ノ オキナワセン
各巻書名 弾雨の中で
著者 行田 稔彦 /著  
著者名ヨミ コウダ,トシヒコ
出版者 新日本出版社
出版年 2014.3
ページ数, 大きさ 190p, 20cm
NDC10版 219.906
NDC8版 219.9
一般件名 沖縄県-歴史 , 太平洋戦争(1941〜1945)
ISBN 978-4-406-05731-8 国立国会図書館 カーリル GoogleBooks
著者紹介 1947年新潟県生まれ。新潟大学教育学部卒業。和光学園理事、日本生活教育連盟委員長。著書に「生と死・いのちの証言沖縄戦」など。
児童内容紹介 大規模な地上戦が行われた沖縄(おきなわ)。沖縄戦はなぜ行われ、悲劇はなぜ起きたのでしょうか。女子学徒隊、県庁職員、住民らの証言から、第32軍の南部撤退(てったい)が、おびただしい数の沖縄住民を死の道づれにした事実を伝えます。
内容紹介 沖縄戦の事実を証言から伝え、悲劇はなぜ起きたのかを解き明かす。3は、病院壕で重症患者の「処置」を体験し、撤退の名で放り出された女子学徒隊や、南部へ避難する県庁職員、住民の彷徨の悲惨を伝える。

目次

はじめに
  登場証言者
第1章 第32軍司令部の南部撤退
  第32軍司令部を放棄
  (1)沖縄戦の経過(3月23日~5月30日)・第2巻を振り返る
  (2)司令部放棄から摩文仁での終焉までの経過
第2章 首里からの撤退
  1 女子学徒隊の南部撤退
  (1)師範女子・第一高女(ひめゆり学徒隊)の南部撤退
  ●ひめゆり学徒隊の南部撤退の経過
  ●「生きていた!!」が、あいさつことば~南風原第3外科壕
  ●「学生さーん! 一緒に連れてって」~糸数分室
  ●小さな子どもが「ねぇねぇ」と呼ぶ~津嘉山経理部
  (2)ナゲーラ壕(石部隊野戦病院)看護隊の撤退(でいご学徒隊・ずいせん学徒隊)
  ●「一日橋」は「死の橋」(でいご学徒隊)
  ●処置の注射(ずいせん学徒隊)
第3章 山部隊八重瀬岳野戦病院の解散
  1 八重瀬岳の戦闘
  2 青酸カリによる処置(6月3日東風平分院の解散)
  (1)兵士の遺言…青酸カリ注射命令
  (2)空を見上げて死のうよ…捕虜になる
  3 解散…敵陣突破の危険を諭されて
  (1)山部隊病院壕の処置 6月3日~新城分院
  (2)山第1野戦病院本部壕の閉鎖・解散 6月4日
  (3)1か月間の彷徨…真壁→摩文仁→港川→与那原→佐敷
第4章 摩文仁の原…砲弾に追われる日々
  1 直撃弾による病院壕壊滅(ひめゆり学徒隊)
  (1)緑の南部
  (2)陸軍病院壕部隊の「住民の追い出し」
  (3)伊原第3外科壕の生活
  (4)伊原糸数分室での生活
  (5)津嘉山経理部に派遣された学徒
  (6)弾雨の中
  2 毎日誰かが死んでいく(でいご・ずいせん学徒隊)
  (1)信じられない出来事の連続…でいご学徒隊
第5章 母と子のあわれ
  1 子を亡くした母
  (1)戦場を彷徨う
  ●轟の壕(カーブヤーガマ)…6月11日(伊敷)
  (2)ガマの中で
  ●和子ちゃんの死…6月16日
  2 母を亡くした子
  (1)彷徨
  (2)母の死…残された子ども